top of page
  • 執筆者の写真3B Japan

義父は私の最高のモデル

1918年生まれ。

柔道5段、前回の東京オリンピックの時には柔道の審判員をしました。

義父は50代でストレスから身体の不調に陥った時に、医者に行かず民間療法の道へ。

理由は


「病院へ通っている人を見ていると病院に通い続け、さらに具合が悪くなっている。どうやら医者に行っても病気は解決しないようだ。生殺与奪の権を人に委ねるのはまっぴら御免。自分の身体は自分で治す。」


まさに家族を巻き込み民間療法に明け暮れる人でした。


彼が70歳の時に私が乳酸菌の仕事を開始。

美食家の義父は尿酸値高め、大変我儘な人で食事制限は無理。医者の薬も嫌。

結果、乳酸菌の愛用者第一号になりました。

愛用3年後の7月、4期の胃癌が発見され(1年半前に突然妻を失う)、私は義父に「癌になりやすい胃潰瘍。」と告げて、彼の身体を通して癌自然療法に取り組みました。


半年後、体調はよくなっていたものの、夫の不安から手術。

メスを入れた結果、元気だったのに逆に具合が悪くなり、義父は二度とその病院へは行きませんでした(体験記有り)。

2007年7月、海の日の翌日、大きく身体を壊し、本人は望みませんでしたが、入院。

誤嚥性肺炎と腸閉塞を併発していました。

かなり身体が弱り、口からモノを入れる事は禁止。

死す時が来たと覚悟し、本人の希望で自宅に帰り、8月13日に自宅にて享年90歳大往生。


70歳から90歳まで、時に不調もありましたが医者嫌いもあって、ほぼ私と二人三脚で歩み、不死鳥の様に復活しました。

死の1か月前まで大きな持病もなく過ごした義父の身体を通して、沢山の体験をし、美しく生き、美しく老い、美しく死ぬ為の一つの作法を学びました。


心から感謝です。


次回は9月8日(金)、

「私は今に生きて歩くモデル」をお届けします。

お楽しみに!

閲覧数:8回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comments


bottom of page